急な訃報に接し、慌てて香典袋を用意しなければならない状況で、「中袋の住所や金額も筆ペンで書かなければならないのか?」「手元にあるボールペンを使ってはいけないのか?」と迷うことは少なくありません。
外袋(表書き)に関するマナーは厳格ですが、実は中袋の書き方やペン選びには、実用的な配慮や時代に合わせた柔軟なルールが存在します。特に近年では、読みやすさを重視する傾向が強まっています。
本記事では、手元にボールペンしかない緊急時の対処法から、字に自信がない方が活用できるスタンプの是非、さらには金額の漢字(大字)の書き方まで、香典の書き方に関する疑問を網羅的に解説します。
この記事でわかること
- 香典の中袋にボールペンを使用しても良い明確な理由とメリット
- 外袋には必ず筆ペンを使うべき理由と薄墨・濃墨の正しい使い分け
- 金額を書く際の漢数字(大字)早見表と、中袋なしタイプの書き方
- 書き損じや筆ペンがない緊急時の対処法、お札の入れ方のマナー
香典の書き方とペンの基本ルールを解説
香典袋を用意する際、最も重要なのは「外袋」と「中袋」で求められる役割とマナーが異なる点を正しく理解することです。外袋は儀礼的な意味合いが強く、中袋は事務的な機能が求められます。ここでは、それぞれの役割に基づいたペン選びの基本ルールを詳しく解説します。
中袋はボールペンを使っても問題ない理由

結論から申し上げますと、香典の中袋(内袋)に関してはボールペンで記入してもマナー違反にはなりません。むしろ、推奨されるケースすらあります。これには以下の2つの明確な理由があります。
第一に、中袋はご遺族が後日、香典返しや礼状を送るための「顧客データ」のような役割を担っているためです。葬儀後は多くの香典帳を整理する必要がありますが、慣れない筆ペンや毛筆で書かれた崩し字は、読み間違いの原因となり、ご遺族や集計係の方に多大な負担をかけてしまいます。
第二に、記入欄のサイズの問題です。中袋の住所記入欄は非常に狭いことが多く、太い筆ペンでは文字が潰れて判読不能になりがちです。郵便番号や番地などの数字を正確に伝えるためには、ペン先が細く、滲みにくいボールペンの方が適しているのです。
中袋に求められる最優先事項
達筆であることや雰囲気よりも、高齢のご遺族など誰が読んでも「正確に住所・氏名・金額が読み取れること(可読性)」が最優先されます。
外袋は筆ペンを使いボールペンは避ける

中袋とは対照的に、香典の「外袋(表書き)」にボールペンを使用することは、基本的に明確なマナー違反とされています。外袋は受付で手渡す際の「顔」であり、故人への弔意を表すための神聖で儀礼的な空間だからです。(参考:全日本冠婚葬祭互助協会:お葬式のマナー)
日本の弔事文化において、毛筆(筆ペン)を使うことには「改まった気持ち」や「敬意」を表現する意味が含まれています。一方、ボールペンはあくまで事務用品(筆記具)という認識が強いため、外袋に使用すると「準備不足」「手抜き」「心を込めていない」といったネガティブな印象を与えかねません。どんなに親しい間柄であっても、礼節を重んじる場では避けるべきです。
外袋は、あなた自身の弔意を可視化する場所です。字の上手下手に関わらず、筆ペンを使って丁寧に書く姿勢そのものが、故人とご遺族への最大の敬意となります。
正しい書き方と中袋に適したペンの種類

中袋にボールペンを使用する場合でも、どのようなペンでも良いわけではありません。ご遺族が手にした際に、違和感を与えず丁寧な印象を与えるペンの選び方があります。インクの種類による特徴を比較してみましょう。
| ペンの種類 | 中袋への適性 | 特徴・印象 |
|---|---|---|
| 水性・ゲルインク | ◎(推奨) | インクの出が良く、紙に染み込むため「墨」に近いマットな質感が出る。ハッキリと濃く見え、最も丁寧な印象を与える。 |
| 油性ボールペン | △(注意) | 耐水性は高いが、線が細くなりすぎたり、インク溜まり(ダマ)ができたりする。光の加減でテカるため、少し安っぽく見えるリスクがある。 |
| 万年筆 | ○ | 黒インクであれば問題ない。筆圧によって描線に味が出るため、ボールペンよりも格式高く丁寧に見える。 |
最もおすすめなのは、「水性ボールペン」や「ゲルインクボールペン」の黒色です。これらは油性ボールペンに比べて黒色が濃く、和紙のような中袋の紙質とも馴染みが良いため、落ち着いた印象に仕上がります。(参考:三菱鉛筆:公文書に使えるボールペンを知りたい)
文具メーカー各社からも、濃く鮮やかな発色を特徴とするゲルインクボールペンが多数販売されており、これらは中袋の記入に最適です。
金額には「大字」を使用!漢数字早見表
ペン選びと同じくらい迷うのが「金額の書き方」です。通常使う「一、二、三」といった漢数字は、線を一本書き足すだけで数字を改ざんできてしまうため、金銭に関わる重要書類では、画数が多く改ざんしにくい「大字(だいじ)」と呼ばれる旧字体の漢数字を使用するのが正式なマナーです。
いざ書こうとした時に迷わないよう、以下の早見表を参考にしてください。
| 算用数字 | 通常の漢数字 | 大字(旧字体) |
|---|---|---|
| 3,000円 | 三千円 | 金 参仟圓(または参萬圓) |
| 5,000円 | 五千円 | 金 伍仟圓(または伍萬圓) |
| 10,000円 | 一万円 | 金 壱萬圓 |
| 30,000円 | 三万円 | 金 参萬圓 |
| 50,000円 | 五万円 | 金 伍萬圓 |
| 100,000円 | 十万円 | 金 拾萬圓 |
なお、近年市販されている香典袋の中には、中袋に「10,000円」といった横書きの記入欄があらかじめ印刷されているものも増えています。その場合は、無理に縦書きに直す必要はなく、指定通り算用数字で記入してもマナー違反にはなりません。
中袋なしタイプの香典袋の書き方は?

地域や香典袋の種類(特に金額が少ない場合や関西地方の一部)によっては、中袋(白い封筒)が付いていないタイプも存在します。この場合、外袋の裏面に住所や金額を記入する欄が直接設けられていることが一般的です。
この「外袋の裏面」に関しても、扱いとしては中袋と同様です。記入枠が小さく筆ペンでは書きにくい場合や、紙質が筆に適していない場合は、ボールペンやサインペンを使用して記入しても差し支えありません。ただし、表書き(表面)に関しては、どのようなタイプの袋であっても必ず筆ペンを使用してください。
薄墨と濃墨の使い分けとNGなペン
ペンの種類だけでなく、インクの色(濃さ)にも重要なマナーがあります。外袋に関しては、時期によって「薄墨」と「濃墨」を使い分ける必要があります。
- 薄墨(うすずみ):通夜や告別式で使用します。「悲しみの涙で墨が薄まってしまった」「急なことで墨を磨る時間が十分になかった」という意味が込められています。
- 濃墨(こいずみ):四十九日以降の法要で使用します。忌明け後は、気持ちを整理し、通常の濃い黒色を使うのがマナーです。
ここで特に注意が必要なのが、近年普及している「消えるボールペン(フリクションなど)」です。
【重要】消えるボールペンは絶対NG
摩擦熱で消えるインクを使用したペンは、60度以上の熱で無色透明になる性質があります。夏場の車内や、お焚き上げなどで熱が加わると文字が完全に消えてしまい、「誰からの香典か分からなくなる」という重大なトラブルにつながります。
大手文具メーカーのパイロットコーポレーションも、公式サイトにて「証書類・宛名書きには使用できません」と明記しています。(参照:パイロットコーポレーション「フリクションとは何ですか?」)
香典の書き方でペンがない時の緊急対処法
葬儀は突然のことが多く、「これから出発しなければならないのに、適切な筆記用具がない」「書き損じてしまったが予備の封筒がない」といったトラブルも起こり得ます。ここでは、そんな緊急時の対処法やリカバリー方法をご紹介します。
筆ペンがなくボールペンしかない時の対処

「今すぐ家を出なければならないのに、家の中を探しても筆ペンが見つからない」という場合、中袋はボールペンで丁寧に記入して問題ありません。
しかし、外袋をボールペンで書くのは避けるべきです。最善かつ確実な解決策は、会場へ向かう途中のコンビニエンスストアに立ち寄り、「弔事用筆ペン」を購入することです。現在はほとんどのコンビニで数百円程度で販売されており、このひと手間を惜しまないことが、大人としてのマナーを守ることにつながります。
どうしても購入できない極限の状況(山間部の斎場で店がないなど)であれば、ボールペンよりも「黒の太いサインペン(フェルトペン)」で代用することを検討してください。ペン先に厚みのあるサインペンであれば、筆文字の質感に近く、遠目には筆ペンで書いたようにも見えるため、ボールペンよりはマナー違反の印象を軽減できます。
書き間違えたら修正テープは使っていい?

ペン書きで最も恐ろしいのが書き損じですが、香典袋において修正テープや修正液を使用するのは、基本的にマナー違反であり、ご遺族に対して失礼にあたります。「間違えたものを隠して渡す」という行為が、不誠実と受け取られる可能性があるためです。
間違えた時の対処法順位
- 新しいものに書き直す:これがベストです。予備の中袋がない場合、サイズの合う無地の白い封筒(郵便枠なし)で代用することも可能です。
- 二重線で訂正する:予備がない場合、間違えた箇所に定規で二重線を引き、その横(縦書きなら左側)に正しい文字を書きます。訂正印を押す場合もありますが、二重線だけでも許容範囲です。
- 修正テープは避ける:見栄えが悪く、「隠した」印象を与えるため、最終手段としても避けるべきです。
字が苦手なら100均のスタンプも活用
「筆ペンはあるけれど、字が汚いので書きたくない」「自分の字にコンプレックスがある」という悩みを持つ方も少なくありません。こうしたニーズに応え、ダイソーやセリアなどの100均でも慶弔用のゴム印スタンプが販売されていることがあります。
中袋へのスタンプ使用は全く問題ありません。読みやすさが向上するため、むしろ親切と言えるでしょう。外袋への使用については、近年では許容されつつありますが、手書きを重んじる年配の方や、地域性によっては「心がこもっていない」と受け取られるリスクもゼロではありません。
ただし、判読不能なほど崩れた文字で書くよりは、スタンプで整然と押印されている方が清潔感があり、失礼にならないという考え方も広まっています。シヤチハタ株式会社などの専門メーカーからも、美しい筆文字フォントを使用した慶弔用スタンプが多数販売されており、これらを活用するのも一つの賢い選択です。
(参照:シヤチハタ株式会社「慶弔おなまえスタンプ【メールオーダー式】)
書き終わったら確認!お札の向きと入れ方

書き終えた後は、最後にお札の入れ方を確認しましょう。ここにも弔事ならではのマナーがあります。香典(不祝儀)では、結婚式などの慶事とは逆の入れ方をします。
具体的には、「悲しみで顔を伏せる」という意味を込めて、お札の肖像画(顔)が袋の「裏側」かつ「下側」に来るように入れます。封を開けた時に、お札の裏面が見える状態が正解です。
新札に関するマナー
香典では、新札(ピン札)を使うのは避けるべきとされています。「不幸が起こるのを予期して準備していた」と思わせないためです。もし新札しかない場合は、一度折り目をつけてから包むのが古くからの習わしです。
香典の書き方とペン選びのマナーまとめ
香典の書き方やペン選びは、形式的なマナーだけでなく、「相手(ご遺族)への配慮」が根底にあります。最後に、本記事の要点をまとめます。
- 中袋は遺族の事務処理を助けるためボールペン(ゲルインク推奨)でOK
- 外袋は弔意を表す場所であるため筆ペンが必須、ボールペンはNG
- 金額は改ざん防止の観点から「大字(壱、参、萬など)」を使用するのが正式
- 中袋なしタイプの場合、裏面の記入欄はペン書きでも許容される
- 消えるボールペン(フリクション)は熱で消えるため絶対に使用しない
- 書き損じた場合、修正テープは使わず新しい封筒か二重線で対応する
- 筆ペンがない場合はコンビニで購入するのが最善、サインペンは緊急措置
- お札は肖像画を裏・下に向けて入れ、新札は折り目をつけてから包む
- 字が苦手な場合はスタンプ活用も有効だが、外袋は相手への配慮が必要
- 形式も大切だが、心を込めて丁寧に準備することが何よりの供養となる

