取引先の社長や役員、あるいは自社の従業員に不幸があった際、会社として急ぎ対応しなければならないのが「香典」の手配です。しかし、個人の立場で参列する場合とは異なり、法人として支出する際には、金額の妥当性や経理処理の正確性が厳しく問われます。
「会社としていくら包むのが失礼にならず、かつ税務上も適切なのか」「勘定科目は交際費になるのか、福利厚生費になるのか」「消費税の区分は課税・非課税・不課税のどれが正解なのか」など、担当者が抱える疑問は尽きません。
特に消費税の実務においては、香典(現金)と供花(物品)で税区分が異なるため、会計ソフトへの入力ミスが多発するポイントでもあります。
また、葬儀の現場では領収書が発行されないことが一般的であるため、税務調査で否認されないためにどのような「証憑(しょうひょう)」を残すべきか、自社で作成する出金伝票には何を記載すべきかといった実務知識も不可欠です。
この記事では、企業の経理・総務担当者向けに、会社で香典を出す際の金額相場から、複雑な勘定科目の使い分け、消費税の取り扱い、そして領収書がない場合の精算実務までを網羅的に解説します。
さらに、香典袋への会社名の正しい書き方や、近年増えている「香典辞退」への対応マナーなど、恥をかかないための実務マナーも整理しました。いざという時に慌てず、会社として恥ずかしくない対応ができるよう、ぜひ参考にしてください。
- 会社として包む香典の適正な金額相場と相手別の判断基準
- 福利厚生費と接待交際費の正しい使い分けと消費税の不課税処理
- 領収書がない場合でも税務調査に対応できる証憑書類の保存方法
- 香典袋への会社名や代表者名の正しい書き方とビジネスマナー
会社で香典を経費にする際の金額とマナー
法人として香典を出す場合、個人の付き合いとは異なり、会社の規模や相手との関係性、そして「社会通念上相当な範囲」を考慮した金額設定が求められます。
ここでは、相手に失礼にならず、かつ税務リスクも回避できる金額の相場や、ビジネスマンとして知っておきたい香典袋の書き方といった基本マナーについて詳細に解説します。
会社から出す香典の金額相場

会社名義で香典を包む場合、金額の決定は非常にデリケートな問題です。金額が少なすぎれば会社の品位に関わりますし、逆に高額すぎると税務調査において「交際費」として認められず、相手方への「寄付金」や、特定の個人への「給与・賞与」とみなされ、課税対象となるリスクがあります。
一般的には、取引先や社内の人間など、香典を渡す相手の立場によって相場が異なります。特に取引先への香典は、相手の役職や自社との取引の深さによって変動しますが、一般的には1万円から3万円、社長クラスであれば3万円から10万円程度が目安とされています。
一方、自社の社員やその家族に対する香典は、恣意的な決定を避け、社内の慶弔規定(慶弔見舞金規程)に基づいて一律に支給することが重要です。
| 相手との関係 | 金額相場の目安 | 金額決定のポイントと備考 |
|---|---|---|
| 取引先(社長・会長) | 30,000円 ~ 100,000円 | 業界内での地位や取引規模、関係の深さを考慮。特別な関係であれば10万円以上の場合も。 |
| 取引先(役員) | 10,000円 ~ 30,000円 | 常務・専務クラスなど。担当役員としての付き合いの深さで調整。 |
| 取引先(社員・担当者) | 10,000円 ~ 30,000円 | 一般的な担当者レベルの付き合いの場合。最低でも1万円は包むのが通例。 |
| 自社社員(本人) | 30,000円 ~ 50,000円 | 社内規定に基づくことが最重要。勤続年数や役職により規定で差をつけることが一般的。 |
| 自社社員(家族) | 10,000円 ~ 30,000円 | 本人との関係性(配偶者、親、子)により規定で定める。 |
注意点:数字の選び方と税務リスク
上記の金額はあくまで一般的な目安です。4(死)や9(苦)のつく金額や、偶数(割り切れる=縁が切れる)の金額は避けるのがマナーとされていますが、近年では法人・個人問わず「1万円、3万円、5万円」といったキリの良い数字が選ばれる傾向にあります。
また、相場を大きく超える高額な香典は、税務上「交際費等」の範囲を逸脱していると判断される可能性があるため、特別な事情がない限り相場の範囲内に収めるのが無難です。
香典袋への会社名の書き方とマナー

ビジネスの場では、香典袋の書き方一つで会社の印象が左右されることがあります。個人で出す場合とは異なり、会社としての体裁を整える必要があります。特に、誰が弔意を示しているのかが一目でわかるように記載することが重要です。
まず、香典袋(不祝儀袋)の水引の下、中央部分には代表者の氏名を記載します。そして、その右側に少し小さめの文字で会社名を添えるのが基本的な書き方です。
会社名を中央に大きく書き、代表者名を書かないケースもありますが、正式には代表者名を記載する形が最も丁寧であり、望ましいとされています。部署一同で出す場合や有志で出す場合も、代表者の名前を書くか、「〇〇部一同」と記載し、別紙に詳細な名簿を添えるなどの配慮が必要です。
代理で参列する場合のポイント
社長の代理で社員が参列する場合でも、香典袋の表書きは「社長の名前」のままにします。代理人の名前を書くことはありません。その上で、葬儀会場の受付で芳名帳へ記帳する際や手渡しの際に、社長の氏名の下に小さく「代」と書き添えるか、自分の名刺(右上に「弔」と書くか、左下を少し折る)を添えて出すのがスマートな対応です。これにより、後日遺族が整理する際に「誰の代理で誰が来たのか」が明確になります。
会社名と代表取締役の記載ルール
香典袋の表書き(表面)だけでなく、中袋(内袋)への記載も経理処理や先方の整理のために非常に重要です。中袋の裏面には、必ず会社の住所、正式な会社名、そして代表者の氏名を正確に記載しましょう。これは、ご遺族が後日、香典返しや挨拶状を送る際の大切な情報源となります。
表書きにおける肩書きの配置についても注意が必要です。縦書きの場合、中央に氏名を書き、その右上に肩書き(代表取締役など)、さらにその右側に会社名を書くのがバランスの良い配置です。肩書きが長く、一行に収まらない場合は、行を分けて見やすく調整します。会社名や肩書きは略さず、「株式会社」なども正式名称で記載しましょう。
筆ペンの選び方:薄墨の意味
香典袋に書く際は、薄墨(うすずみ)の筆ペンを使用するのが正式なマナーです。これには「涙で墨が薄まってしまった」「急いで駆けつけたため墨を十分に磨る時間がなかった」という意味が込められており、哀悼の意を表します。
ただし、中袋の住所や金額などの事務的な事項については、遺族が高齢である場合なども考慮し、読みやすさを優先して黒のペンやボールペンで書いても問題ないとされることが増えています。
「香典辞退」や「家族葬」の場合の対応マナー

近年では「家族葬」が増加し、訃報に「香典辞退」や「御厚志辞退」と記載されているケースが多く見られます。会社として「せめてもの気持ち」を示したいと考えることもありますが、辞退の意向が明記されている場合は、無理に香典を渡すのはマナー違反となります。
「香典辞退」の場合は金銭を控えますが、「供花」や「弔電」については受け付けている場合もあります。しかし、「御厚志お断り」といった記載がある場合は、香典・供花・弔電のすべてを辞退するという意味であることが一般的です。
独自の判断で送ると、返礼品の準備や設置場所の確保など、遺族の負担になるため注意が必要です。訃報の内容をよく確認し、不明な点は葬儀社や担当者に確認するようにしましょう。何もできないのが心苦しい場合は、後日、落ち着いた頃に弔問を打診するのも一つの方法です。
個人事業主の香典対応と注意点

個人事業主が香典を出す場合、それが経費として認められるかどうかの判断基準は「事業に関連があるかどうか」の一点に尽きます。法人の場合と異なり、プライベートと事業の境界線が曖昧になりがちですが、税務署は厳しくチェックします。
取引先や仕事上の関係者、従業員への香典であれば、事業を円滑に進めるための費用として「接待交際費」や「福利厚生費」での経費計上が可能です。しかし、プライベートな友人や知人、親族への香典は、事業とは無関係な個人的支出とみなされるため、経費にはできません。(参照:国税庁:No.2210 必要経費の知識)
この場合は「事業主貸」として処理する必要があります。税務調査で指摘された際に明確に説明できるよう、故人と事業との関係性を示す資料(名刺や取引記録など)を残しておくことを推奨します。
個人事業主の方は、公私混同と疑われないように特に注意が必要です。「誰の葬儀で、事業とどういう関係があるのか」を明確に説明できるよう、案内状などを出金伝票と一緒に保管しておくことが、自分の身を守ることに繋がりますね。
会社の経費精算で必須の科目と消費税知識
ここからは、経理担当者が実務で直面する具体的な処理方法について解説します。勘定科目の選び方や、間違いやすい消費税の区分、そして領収書がない場合の対応策など、正確な経理処理に欠かせない知識を深めていきましょう。
勘定科目は福利厚生費か交際費か

香典の勘定科目は、主に「接待交際費」か「福利厚生費」のどちらかを使用します。この使い分けの基準は非常に明確で、「香典を渡す相手が社外の人か、社内の人か」で判断します。国税庁のタックスアンサーでも、交際費等の範囲について定義されています。
接待交際費になるケース
取引先、仕入先、得意先、株主など、社外の事業関係者に対する香典は「接待交際費」になります。これは、事業を円滑に行うための交際費用としての性質を持つためです。将来的に取引を行う可能性がある相手に対する香典も、事業との関連性が説明できれば交際費として認められる場合があります。(参照:国税庁:No.5265 交際費等の範囲と損金不算入額の計算)
福利厚生費になるケース
自社の役員や従業員、およびその家族に対する香典は「福利厚生費」になります。ただし、福利厚生費として認められるためには、特定の社員だけでなく全従業員を対象とした「慶弔見舞金規程」などの社内規定が整備されており、その規定に基づいて平等に支給されていることが前提となります。
規定がない場合の注意
明確な規定がなく、経営者の判断で特定の社員にだけ高額な香典を渡した場合は、福利厚生費とは認められず、その社員に対する「給与(賞与)」とみなされ、源泉所得税の対象になる可能性があります。
国税庁も「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行などのために通常要する費用」を福利厚生費としていますが、特定の個人への過度な支出は認められません。
(出典:国税庁 No.5261 交際費等と福利厚生費の区分)
香典の勘定科目と消費税の関係

香典を会計ソフトに入力する際、最も注意しなければならないのが消費税の扱いです。通常、交際費や福利厚生費は消費税がかかる(課税仕入れ)ケースが多いですが、香典については取り扱いが異なります。
結論から申し上げますと、香典(現金)は消費税がかからない取引として処理します。多くの会計ソフトでは、勘定科目を選択すると自動的に「課税仕入れ(10%)」といった税区分が設定されることがありますが、香典の入力時には手動で設定を変更する必要があります。
誤って課税仕入れとして計上すると、消費税の控除額が過大になり、税務署から指摘を受ける原因となります。
香典の消費税は非課税か不課税か

実務上、香典は「消費税がかからない」とお伝えしましたが、正確な税務用語では「非課税」ではなく「不課税(対象外)」となります。この違いを理解しておくことは、経理担当者としての専門性を高めます。
消費税は、商品やサービスの提供といった「対価」に対して課税されるものです。香典は、亡くなった方への弔意を表す金銭の贈与であり、何かを買ったりサービスを受けたりする対価ではありません。これを「対価性がない」と言い、そもそも消費税の課税対象となる取引の要件を満たさないため「不課税取引」として扱われます。
国税庁のウェブサイトでも、寄附金や祝金、見舞金などは原則として課税対象にならないと明記されています。会計ソフトに入力する際は、税区分を「対象外」や「不課税」に設定し、消費税額が計上されないように注意してください。
(出典:国税庁 No.6157 課税の対象とならないもの(不課税)の具体例)
供花の勘定科目と税区分の違い

葬儀に関連する支出として、香典と一緒に処理してしまいがちなのが「供花(花輪やスタンド花)」や「弔電」です。これらは香典とは異なり、明確に消費税がかかります。
供花や弔電は、葬儀社や生花店、通信会社から「花という商品」や「通信サービス」を購入する行為にあたるため、対価性があり「課税仕入れ」となります。同じ葬儀での支出であっても、香典(現金)と供花代(振込や支払い)は分けて入力し、税区分を正しく設定しなければなりません。
| 支出項目 | 勘定科目 | 消費税区分 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 香典(現金) | 接待交際費 / 福利厚生費 | 不課税(対象外) | 対価性がないため(金銭の贈与) |
| 供花・花輪 | 接待交際費 / 福利厚生費 | 課税仕入れ | 物品(花)の購入対価であるため |
| 弔電 | 接待交際費 / 福利厚生費 | 課税仕入れ | 通信サービスの利用対価であるため |
会社に届いた「香典返し」の経理処理はどうする?

会社名義で香典を出した場合、後日、会社宛てにハンカチやお茶、カタログギフトなどの「香典返し」が届くことがあります。真面目な経理担当者ほど、この受取品を「資産」や「収入」として処理すべきか迷うものです。
一般的に、即日返しや通常の香典返し(消えもの)については、社会通念上の慣習として処理し、会計上の仕訳を行わないことがほとんどです。お茶やお菓子などは、社内の給湯室に置いて従業員の福利厚生として消費して問題ありません。
ただし、例外的に高額な商品券などが返礼された場合は、経済的利益を受けたとして「雑収入」としての計上を検討する必要があります。金額や内容によって判断が分かれるため、不明な場合は顧問税理士に相談することをおすすめします。
経費精算で領収書がない時の対応

葬儀の受付で香典を渡す際、領収書をもらうことは一般的ではありません。また、参列の列が続いている中で領収書の発行を依頼するのはマナー違反と捉えられることもあります。では、領収書がない場合にどのように経費精算を行い、税務調査に備えればよいのでしょうか。
このようなケースでは、「出金伝票」を作成し、補完書類とセットで保存することが有効です。消費税法上も、やむを得ない理由により領収書等の交付を受けられなかった場合は、帳簿への記載のみで仕入税額控除が認められる場合がありますが、香典はそもそも不課税取引なので、法人税法上の経費性の証明が主眼となります。
具体的には、以下の3点を揃えておくことで、支出の事実を客観的に証明できます。
- 出金伝票:自社で日付や金額、支払先を記録したもの。
- 葬儀の案内状(通知状):日時や場所、故人名が記載されたもの。原本がなければコピーやPDFでも可。
- 会葬礼状:葬儀の当日、返礼品と共に渡されるお礼状。参列した事実の強力な証明になります。
代用書類や領収書の書き方

前述の「出金伝票」は、領収書の代わりとなる重要な書類です。正確な経理処理のために、以下の項目を漏れなく記載しましょう。曖昧な記述は税務調査での指摘事項になりかねません。
- 日付:香典を渡した日(葬儀の日)
- 支払先:故人の氏名、または喪主の氏名
- 勘定科目:接待交際費、または福利厚生費
- 金額:包んだ香典の額
- 摘要(内容):具体的な内容(例:「〇〇株式会社 代表取締役 △△様 ご葬儀 香典代として」)
また、稀なケースですが、自社が葬儀を主催する側(社葬など)となり、参列者からどうしても領収書の発行を求められることがあります。その場合は、一般的な領収書の書き方に準じて作成します。
但し書きには「香典代として」と明記し、収入印紙は不要です。これは、香典が非課税売上にも不課税売上にも該当せず、営業に関しない受取書となるためです。
会社・法人の香典に関するよくある質問
Q. 通夜と告別式の両方に参列する場合、香典はいつ渡すべきですか?
A. 一般的には、先に参列する「通夜」の受付で渡すことが多いです。両方で渡す必要はありません。告別式にも参列する場合は、受付で「通夜で記帳済みです」と伝えれば問題ありません。
Q. 新札(ピン札)を使ってもいいですか?
A. かつては「不幸を予期して用意していた」と思わせないため、新札は避けるのがマナーとされてきました。しかし近年では、あまり気にしない傾向もあります。もし手元に新札しかない場合は、お札に一度折り目をつけてから包むのが、古くからのマナーに配慮した無難な対応です。
Q. 後日、取引先の訃報を知りました。どうすればいいですか?
A. まずは先方の担当者に連絡し、弔問が可能か確認しましょう。郵送する場合は、現金書留で香典袋を送り、お悔やみの手紙を添えます。経理処理は通常通り「交際費」などで処理します。手紙を添えることで、より丁寧な弔意を示すことができます。
会社で香典を経費にするポイント
- 香典の金額相場は取引先なら1〜3万円、社長クラスは3〜10万円が目安
- 社員への香典は「慶弔見舞金規程」に基づいて一律に支給し、税務リスクを避ける
- 香典袋の会社名は代表者名の右側に少し小さく添えるのがマナー
- 「香典辞退」の意向がある場合は無理に渡さず、弔電などで対応する
- 香典の勘定科目は社外なら「接待交際費」、社内なら「福利厚生費」で処理する
- 個人事業主は取引先への香典のみ「接待交際費」として計上できる
- 香典(現金)の消費税区分は「不課税(対象外)」に設定し、課税仕入れにしない
- 供花や弔電は物品・サービスの購入なので「課税仕入れ」となる
- 会社に届いた一般的な香典返しは、基本的に仕訳不要で処理する
- 領収書がない場合は「出金伝票」を作成し、案内状・会葬礼状とセットで保存する
- インボイス制度において香典は不課税のため登録番号等は不要である
- 供花や弔電については適格請求書(インボイス)の保存が必要になる
- 高額すぎる香典は税務調査で否認されるリスクがあるため注意する
- 不明点は顧問税理士などの専門家に相談して最終判断を行う

